厳選リンク集9
樹立こだちの青葉は、病後の人のように喘あえいでいる。戦場に遺棄された戦死者のように四肢をだらりと投げ出してライオンが正体なく眠っている。虎も豹ひょうもごろりと横になって寝ている。孔雀くじゃくは妍けんを競う宮女きゅうじょ
のように羽根をひろげて風の重みを受けておどおどしている。象は退屈そうに大きな鼻をぶらぶら振っている。大小無数の水禽
すいきんのさざめき、蛇府中市の有料老人ホーム・介護施設のように、長い頸くびをくねらして小さな餌えさをさがしてはついばんでいる駝鳥だちょう、檻おりの外には人間どもが、樹陰こかげのベンチの上に長々と寝そべったり、のろまな足どりで檻から檻へと足を曳ひきずったりしている。
植物と動物と人間とが、差別を撤廃して、原始の生活に帰ったような上野の動物園の真夏の昼過ぎである。
二十年振りではいった動物園は、その当時と少しも変わっていないように私には思われる。少なくも東京の街区のあわただしい変化とくらべるとここは昔のままである。
ところでこの年月の間一度も動物園のことなど思い出したこともない私は何故こんなところへ一人ぼっちではいってきたのだろう? どう考えてみてもわからない。無目的で、無意識でいつのまにか、自然にこんなところへ来ていたものにちがいない。
「森林に自由存す」と言った人があるが、動物園はある意味で森林だ。都会のまん中で、動物と植物とが人間の破壊の手から保護されている動物園は、ある意味では処女林と同じだ。誰の心の中にでも潜在している自由を慕う要求が、どうかしたはずみに、急に意識の表へあらわれてきて、私の足をこ昭島市の有料老人ホーム・介護施設こまで運ばせてきたのかも知れぬ。
ともかく私はここにいる動物の一つの仲間のような顔をして樹陰のベンチに腰をかけていた。
四十そこそこの麦藁むぎわら帽子をかぶった男が、ふところからビスケットを取り出しては、象にほうってやっている。象は、まるで対等の動物同士のように、遠慮も、はにかみも、命令服従の観念もなく、大きな鼻のさきで、小さいビスケットを拾って口の中へほうりこんではあとをせがんでいる。男はにこりとも笑わずに、まるで動物の習性を研究している謹厳な動物学者か何ぞのように、次から次へとふところからビスケットをとり出している。そしてその取り出しかたがだんだんはやくなって、かれこれ一封度
ポンド
もはいっていそうな紙袋を二十分位で空っぽにしてしまって、紙袋をそこへすててさっさと歩いて行った。
私はしばらく眼をつぶった。頭の中が鳥の巣のようにかさかさになって、思索力がまったくなくなっている。いったい私は何をしているのだろう? どこから来てどこへ行くつもりなんだろう? そもそも、ここはどこだろう? それよりも、私の現在の状態はどんな具合なのだろう? 私は急にひどい空腹を感じた。象は幸福だなあ、ここにいる動物はみんな非常に幸福だ! 第一安全な住所がある。調布市の有料老人ホーム・介護施設食物くいものがある。私も何だかここにいると幸福のような気がする。第一ここでは、あの意地の悪い眼を感じなくともよい。下宿のお内儀かみの細くて険のある眼、下宿代の仕払しはらい能力がなくなったと見てとった時に、がらりと一変した、何とも言いようのない、侮蔑と憎悪と猜疑との眼、それから近所界隈のありとあらゆる人間の不快極まる眼! 私は思わず、その眼の一つが、あたりにありはしないかと思って、ひやりとして見まわした。それはそうと私は世間の人間には全く驚嘆きょうたんのほかはない。みんな一人の例外もなく生活しているのだ。もちろん悲惨な人間もあるにはあるが、私のように完全に行き詰まっている人間は一人もないらしい。半年ほど前に三ヶ月の退職手当を貰って、××会社から路頭へほうり出された私は、ちょうどねじをまかれた時計が一定の時間だけ動いていて、ある刹那せつなにぱったり動くのをやめてしまうような具合に、ぴたりと行き詰まってしまったのである。親も兄弟も親しい知人もない上に、知らぬ人に向かってはろくろく口もきけない私は、完全に生活の手段を失ってしまったのだ。それでも今日まではとにかく、あらゆる屈辱にたえて生きてきた。だが今日から先は人間が生理的に、栄養の補給なしに生き得る日数だけ生きて、燃え町田市の有料老人ホーム・介護施設つくした蝋燭ろうそくの火のように自然に消滅してゆくより外はない。私には自殺をする勇気もないからだ。私は、最後の十銭の白銅を牛飯にかえて五六時間地上の生活をのばす代わりに、ついふらふらと気紛きまぐれでそれをこの動物園の入場料にかえてしまったものらしい。何しろはいった時のことはどうもはっきり記憶しておらぬ。四時頃、私は西日を浴びて猿の檻の前に立っていた。「道ばたに犬長々とあくびしぬ、我れも真似しぬうらやましさに」不思議に啄木の心境が思い出される。じっさい動物は羨うらやましい。私は、敏捷びんしょうに枝から枝へ、金網から地上へ跳びまわっている猿が羨望せんぼうに堪えなかった。実に元気な動物だ。それにひきかえ疲労と空腹との極に達した私の身体からだは、少しはげしく動かせば、そのままくたくたとくずおれてしまいそうな気がした。ふと気がつくと、二三時間前に、象にビスケットをやっていた男が、またビスケットをどこかで買ってきたものと見えて、今度は猿にそれを投げてやっていた。子供らは面白がってそれを見てきゃっきゃっ騒いでいたが、この男は、まるで笑いを禁じられた人のように、真面目な義務的な仕事をしている時のような態度で、猿にビスケットをやっている。ビスケットは時々網から弾じき返されて柵の外へころがり出た。驚くべき濫費らんぴだ。私はこの男の計り知れざる財力に小金井市の有料老人ホーム・介護施設一種の崇拝すうはいを感じた。不思議なもので、こんな時には、嫉妬しっとの念よりも、崇拝の念が先におこるものだ。群衆の足はことごとく入口の方へ向かって、徐々にではあるが、しかし、一斉に動き出した。園内には人影がだんだん疎
二
動物園の入口から、右手の方へ進んでゆくと、鸚鵡おうむや小鳥の檻があって、その先に「閑々亭」という額をかけた、茶室めいた四阿あずまやが一軒たっている。この小家こやの由緒来歴は私は何も知らぬ。ことによると、幕府時代には、動物園の敷地は、どこかの大名の屋敷であって、その屋敷に付属していた茶室がそのまま保存されているのかも知れぬ。何にしてもそれは古色蒼然こしょくそうぜんとして埃にまみれている。秋から冬にかけては、縁側へ落ち葉散りしいたのが幾日も掃かずにそのままになっていることがある。
この閑々亭の前をとおって進んで行くと、だらだら坂になって、坂の終わりに一つの橋があり、橋を渡るとちょっとした広場があって、正面に象小平市の有料老人ホーム・介護施設の小舎こやがあり、左手に茶店ちゃみせがあり、右手の岡の上にライオンや虎や豹のいる所がある。この橋は幅三間位もある相当広い橋で、下は石畳いしだたみを敷きつめた水路になっている。水路といっても雨の降らない日は水はほとんど流れていないのである。
午後六時を過ぎると動物園の中は、急にひっそりとして、「都会のまん中の処女林」の面目を発揮してくる。入場者の〆切は四時半で、五時には、かれこれ園内には人影が見えなくなり、それから、一時間ほどの間は、守衛や掃除人夫らしい人がまだ往来しているが、六時半頃になると、人間の声も、人間に関係のある物音も園内ではほとんど聞こえなくなる。
この時刻に、私は、いま言った橋の真下に、やもりのように側壁にぴったり身体からだをつけて息を殺していた。橋の下のちょうどまん中の辺にいれば、付近を通行する人に見つかる倶おそれのないことを私は日野市の有料老人ホーム・介護施設昼間によくたしかめておいたのである。
やがて日はとっぷり暮れてしまった。園内が静かになるのに反比例して遠くの物音がだんだんはっきり聞こえてくる。電車の音は案外すぐ近くに聞こえる。タクシーの走る音が二分おきぐらいに通り過ぎる。そして、その間に、地球の隅々から集まってきた色々な動物の鳴き声が不気味なジャズのように騒々しく聞こえてくる。
人間というものは肉体が極度に疲れてくると、脳細胞に不思議な変調を来すものと見えて、私はしょっちゅう奇怪な妄想に囚
とらわれた。ひょっとすると、ここの番人が、ライオンの檻の扉をしめるのを忘れておいたかも知れぬと私は考えてひやりとした。実際餌えさをやるときには、きっと誰かが扉をあけるにちがいないが、一年三百六十五日の間には何十とある猛獣の檻の扉を一つぐらいしめ東村山市の有料老人ホーム・介護施設忘れることはありそうなことだ。そして運悪くも、ちょうど今夜それを閉め忘れたかも知れたものでない。私は、ライオンが人間の匂いを嗅ぎつけて、のそのそ私のそばへ近づいてくる光景を想像した。私の頭蓋骨ずがいこつや肋骨ろっこつ
はライオンの歯の間で、搗つき肉のように砕かれる、私は頭をくわえられたまま、胴体や手足をだらりとぶら下げて無抵抗に噛
かまれている。不思議にこの想像は快いものであった。噛まれても痛くも何ともないような気がした。
またあるときは、誰か見回りの番人が、カンテラを下げて、私の隠れ場所を探しにきそうな気がしてしょうがなかった。しかもちょうど見回りの男が通りかかるときに、私がくしゃみか、咳せきをしたらどうだろう。私は人ごみの中でつかまったすりのように、大勢の中へ曳ひきずり出されて、ひどい目にあうにきまっている。その時には何と言ってごまかしたらよいものだろう? 私は法律の知識はないが、ことによると、規定時間外に、こうした公営物の中に潜伏している者国分寺市の有料老人ホーム・介護施設は、重い罪になるのかも知れぬ。そんなことを思うとどうも気のせいか人の通るような跫音あしおとが聞こえてくる。そして不意に咳がこみあげてくるのだ。
駒下駄こまげたを穿三夜よはいぶ更けた。有り難いことには月の夜である。それに、動物にも明かりが必要なのか、それとも夜中やちゅうに人間が見回る必要があるのか、動物園の中には方々に電灯がついている。
私は恐る恐る陰気なかくれ場所を抜け出し、石垣に足をかけて、水路を爬はい上がった。誰も見ている者はない。私は橋の下に立っているうちに、このことは予あらかじめ計画しておいたので、少しも躊躇ちゅうちょする必要はなかった。で注意深く下駄を脱いで、四つん這ばいになって、橋の袂たもとの道を横ぎった。
この橋の下手の国立市の有料老人ホーム・介護施設左側に、二羽の丹頂たんちょうの棲んでいる鉄柵でこしらえた、円形まるがたの檻があり、檻の周囲は、ローマの円形劇場か、両国の国技館の観覧席のように爪先上りになって、その場所全体が擂鉢形すりばちがた
ちょうどその時に入口の方で物音がきこえてきた。そして物音は刻々に大きくなってきた。「やっぱり予想どおりだ。もう警官の手がまわりましたよ」こう言いながら青年は足速に水路を下手の方へ下って行った。私も恐ろしさに身も世もあらぬ気持ちであとをついて行った。水路はところどころ隧道トンネルになっていた福生市の有料老人ホーム・介護施設が中腰になればくぐり抜けることができた。物音はだんだん高くなって人の話声や佩剣はいけんのがちゃがちゃいう音が手にとるように聞こえてきた。たしかに警官の一行らしい。
「じっとしていなさい。通りすごしてしまいましょう」ちょうど二つ目の隧道トンネルへはいった時に青年はこう言ってじっと息を殺していた。私狛江市の有料老人ホーム・介護施設も石のようになって立ち停どまった。
二人の頭の上を捜索隊の一行ががやがや話しながら通りすぎた。
「たしかにどっかに隠れているにちがいありません。僕が警察と関係のあることを知って、あわててここへやってきたにちがいないです。鞄を橋の上へあげた拍子にすりかえられたんですから」
この青年が裏切者と言っていた男が、一行の案内をしているらしい。そのうちに話声も跫音あしおと清瀬市の有料老人ホーム・介護施設もだんだん遠くなった。不意の来客に驚いた動物が眼をさまして、羽ばたきをしたり、啼き声を上げたりしている。私たち二人はだまってまた歩き出した。
二三町も歩いたと思う頃、私たちは比較的長い隧道トンネルへはいった。中はまっ暗だった。
「もう大丈夫です。警官ともあろうものがこの放水路に気がつかんなんていい気なもんですよ。あんなことでは気のきいた犯人はつかまりませんよ。犯人の方じゃ一段二段三段と計画してやっているのに、警官のやることは行きあたりばったりで無方針ですからね。何しろ月給でやってる仕事だから、穴だらけです。彼らはま武蔵村山市の有料老人ホーム・介護施設ず東京の地理を勉強する必要がありますよ……だがさっきはちょっとひやりとしましたね。僕はあの時あなたが気がかわって声をたてたらどうしようと思いましたよ」
私は返事もせずに、口をゆがめて無理に苦笑くしょうした。恐ろしくて話をするどころではなかったのだ。
やがて隧道トンネルの口が見えた。そこはかなり水かさのある河だっ多摩市の有料老人ホーム・介護施設たが、二人は堤防の石垣に手をかけて無事に地上へはい上がった。
東の空は白んでいた。黎明のさわやかな風が疲れきった身体からだに快くあたってくる。しかし二人は愚図々々しているわけにはゆかなか稲城市の有料老人ホーム・介護施設った。
ちょうど誂え向きに空車からぐるまの札をかけてやってきたタクシーを呼びとめて、青年はそれにとび乗った。「あなたもそこいらまで一緒に行きなさい」と言われるままに私も彼と並んで腰をかけた。運転手はちょっと不審そうに羽村市の有料老人ホーム・介護施設私の顔を見て行き先もきかずに走り出した。
「大成功、大成功、今頃動物園の中じゃ大騒ぎだよ、名簿はたしかに取り返してきた。きわどい所だったがうまく行ったよ。あの裏切者は今頃は面目あきる野市の有料老人ホーム・介護施設まるつぶれだよ。おまけに善良なる市民の話相手があって、昨夜ゆうべは退屈せずにすんだよ。須田町のあたりでこの客人をおろしてやってくれたまえ」しばらくしてから彼は運転手に向かってこんなことをあたりかまわず大声で話して笑った。話は風が吹き飛ばしてしまうから人に聞かれる心配はないのだ。警視庁の許可証をもって、正規の営業をやっているこの運転手も明らかに西東京市の有料老人ホーム・介護施設同志の一人らしい。
「これから日本橋へ出て丸の内を抜けよう。そして朝のうちに僕は東京をたつことにする。本部にはまだ手がはいらないんだね? 書類はみんな焼いてしまったろ?」青年は快活に語りつづけている。
私が須田町でタクシーを降りたときはもう夜
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